ログ: 2009/11
PC は一日一時間
というか平均してそれ未満なんではないかという状況. これでは PC 中毒を自称できない.
一時期に比べれば全然まったくもってこれっぽっちも多忙じゃないんだが.ディスプレイに向かうと精神的に萎える. うわあディスプレイの発している電磁波ってこんなに有害だったのかやはり陰謀,などとわめきたくなる程度に顕著な変化が起きる.
具体的には Hummel のトランペット協奏曲第三などを軽快に吹きながら盛大に帰宅しても,メールチェックを終える頃には頭を抱えてこたつに潜り込みそのまま寝込んで風邪などをひきたくなる.
常にこうであればさあまた今年も鬱度が高い季節がやってまいりました,皆さんまた来年! と開き直ればいいだけなんだけど,ディスプレイに向かわなければなんともないんだよね*1.
ですから積極的にディスプレイに向かうことのない生活を,ここ 2 ヶ月ばかり送っているわけです*2.
人間の生きる世界はこんなちっぽけな画面の中じゃないんだなあ,みたいなありがちなことを思うのはまあ極めて曲がった解釈をすることにすれば 「良いこと」 なんでいいんですけど,同時に自分を支えてきた自信・自負の類がすっきり消え去っていくから困る.
罠に嵌められて国を追われた貴族が,異国の地に身一つでたどり着いて,冷静に命のあったことに感謝しようとするんだけど,現実を見る中で途方に暮れ,結局自殺してしまう,みたいなアナロジーがかなり高い当てはまりをみせていると思う.
まあなんとか食えればそれでいいか.
みたいな思考に陥ったら人生おしまいだということは理解しつつも,その地点が既に自分の背後にあることも理解しているという.
そしてこういう悩める 20 代の達観(笑)みたいなものが,後から見るとひどく馬鹿馬鹿しく見えるということも理解しているという.
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以上は仕事が何ごともはかどっていない言い訳として提出された文章であり,嘘偽りのない事実である保証はありません.
そんな HTML5 なんて
先んずれば人をなんとやらということで,というかビーム君に触発されて*1勉強中. 勉強するというほどの内容はない気もするけど.要は慣れるか慣れないかという話であって,慣れてないといざというときにめんどいという話であって.
しかし今まで哲学だったものが規則になっていたりしてニヤリとする部分がある反面,それ 20 世紀の世界じゃないですかな部分もある.……色んな事情があるんだろう.
ひとつ言えることがあるとすれば普及して実用に支障が生じなくなったら XHTML5 で書くだろうということだな.
まあ,体力にものを言わせて新しいものに食いついて噛み砕いていけるうちは全然大丈夫. それができなくなった瞬間から先のことはあまり考えたくない(が,考えないといけない).
- このリンク先エントリの萌えるところは,「HTML5 に移項した」 の部分が強調されつつ誤字っているんだけどまあしょうがないよねこれは,と思えるあたり. [↩]
土方始めました
俺はいつかスーパーハカーになって書きたいときだけコード書いてあとは毎食デリバリーピザ食ったり好きな学問を好きなだけ勉強してみたり日々堆く積もっていく amazon の箱消化したりしつつ世間をバカにして引きこもって生きるぞ! と公言していられる年齢*1でも環境でもなくなってしまった.
というのが直接の理由で,コンピュータサイエンス教養が無い残念な人にもなんとかなるレベルの分野で土方ができるようになるべしと思った.同じ IT 系の中でも 「創る」 - 「作る」 の差は歴然とあって,要求されるレベルがオーダーにして 100 倍くらい違うわけで,まあその高みサイドを目指し続けていたかったんだけど,上ばかり見ていると足下がお留守になるというやつで,そろそろ足下を見ないとなんともね,という.
東大とかいう場にいるとなんだかんだで周りの人が超な感じで,平然と超なことをやっている. しかも当人らは超ですとは奢らず平然としているから,俺のような 「他人よりはできる」 あるいは 「他人と同じくらいはできる」 と思いこんでいる思い上がりの激しい人間はたちまち自分の住む世界を勘違いしてしまうのである*2.
それゆえ凡人にとっては,分をわきまえるというのがどういうことかを心身の隅々まで行き渡らせていないと,苦労するのだな. 向上心・競争心は若さ溢れて大いに結構だと思うけど,ダメだったら潔く差を認める腹づもりでないといけない. がむしゃらになればなんとかなるかもしれないと思い踏ん張ることは,ことこの場においては間違いであった.プライドは,引きずれば引きずるほど後に怖い事態が待っている. 俺は日本一の何かになりたかったわけではなく,単に周りに迷惑をかけずに生きられて,あわよくば美味しいご飯が食えて,好きなことをする時間が確保できれば,それでいいのである*3.
ただ一度身を窶したとしても*4,その状況に甘んじていてはいけないよね,という信念くらいはあって.年長者曰く人生は 20 代の若者が思っているほど短くはないそうなので,前を向いて生きていれば上への階段が表れることもあるだろうと期待して生きる……とか,このくらいが落としどころなんじゃないかしらと思う.
ありがちだけどね.ついでに言えば,自分は大器晩成型だと思っているというのは B 型血液型占いあるあるシリーズのひとつである.
馴れ合い度計算
先エントリの内容に関連して.
フォロー関係をグラフで追っかけてやることである Twitter ユーザの馴れ合い利用度が計算できるよねと思った.
マイミク的に積極的に双方向リンクを形成していたら馴れ合い度高しと.それだけで馴れ合い判定とかひどすという反論があるならその双方向関係の中での @ 発言の頻度とかを持ち出してきてもいい.
最も単純には距離 1 ノードを調べればいいだけで超単純,既に誰かやってるだろ確率 1 で.
しかし,そこまでして馴れ合いネガキャンしたいのかという感じではある. 病んでるね,毎度毎度.
twitter を眺め回し中
始めるといいつつ始めていないけど始めたふりをして世界を観察している.
mixi と twitter の対比がよくされてるけど,要するにグラフがが無向か有向かっていう違いが本質的,でいいんだと思う.「マイミク」 は双方向リンクだけど,「フォロー」 は単方向と.
twitter のその主義は本来的には俺の好みそうなもので,現実にも広く単方向な世界だったら俺もまだ馴染めるかなって思うんだけど*1,なんだかんだと言いつつ,特に日本文化圏においてはフォローされたらとりあえずフォローしてみる,みたいな慣習がなんとなくあるようで,結局双方向につながってクラスタが形成される*2傾向があるようだ.
SNS である以上,つぶやきがどうとかユルいとかいうタテマエはともかくとしてそうなるのが正しい姿なんだとは思うが,あれを俺にやれというのは無理な話であって. いや,全然問題なくできるけどね.
人それぞれのやり方で使えばいいよみたいな個人主義的雰囲気は割とあるので,問題ないっちゃないんだけど,しかしそう言い出すとそもそも twitter 上で情報発信する必要性が全然ないということに気づくという. 「みんながやってるから」 というだけの理由で一つのしがないサービスに依存するのは,しょうがないとはいえ気分爽快とは行かなくて…….
と,こう書いていて気づいたのは要するに俺はコミュニケーションの形態と自分の信念のそりが合わないとかなんとかいうことを言い訳にしつつ,単にいち企業のサービスをインフラに何かするということに対して不信感があるというだけなんではないか,ということで.
twitter の実装が完全にオープンになってて,特に企業や団体が牛耳ってるわけではないが津々浦々に普及していて,IRC 的に散らばってるとこもあれば同期とってクラウド化してるところもあって……という状況,要するに twitter がサービスではなく単なるプロトコルに化け,実体がなくなった状況を考えると,うん,確かにそれはすごく使いたい.
とかいうことをぐだぐだ考えずに気軽に使えるのが twitter の良いところなんだよ!
と彼らは言う.
レイテンシ・初速改善した
こしらえた環境でしこしこやったらレイテンシ 400 ms くらいが割と出るようになってきた. 前までリアルに 500 ms とかだったのでマシにはなったと思う.
短文加速力も少し向上した気がして,エタイ慣用句なら可能な値が +30pt くらいになったと思う.捕らぬ狸ちゃんだけど.
ただ打ち終わってからある程度ウェイトがある環境で練習してたのでこれは依然としてダメダメ.
効果あったので公開したいのは山々なんですけど体裁が整ってないので整える作業をする.白バックに適当デザインの,いかにも書き捨てましたみたいなものばかりが並んでいて萎えるので,たまにはランキングとかいう体裁を整えたい.
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